あいざわさんちの沖縄移住時代のはなし
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あいざわさんちの沖縄カルチャーショック(その2)
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沖縄に移り住んで間もなくのある日(1974年)

我が家が移住したのは沖縄が日本に復帰して2年目後です。まだ車は右、人は左…米国と一緒ですね。ついこの前までは360円してたドルがあっけなく下落して…「前は1$あったら那覇行って映画見て、アイス食べれたさ〜!」と、お隣さんが口から唾とばして憤慨してた〜。
東北大学博士課程に在籍していた夫が、この沖縄の大学に就職が決まった時、仙台の母を始め知り合いが「英語話せないのに大丈夫?」と心配してましたね。本土の人間にとって当時の沖縄は、大なり小なりそんな見当違いの認識があったような…。
当初は5年の予定と聞いていたので「遠いけどそこより遠いところは無いし…5年経ったら戻るんだから」と、何だかよくわからない励ましの言葉に送られてやって来たということです。
「あんたは外国へ行ってるようなもんだものね…」と寂し気に母がつぶやくのがいつも辛かったけど…。
ところで「来てみたら」で思い出した(本当は思い出したくないが…)
沖縄生活の第一歩は県南部の豊見城市(当時は村だった)でしたが、引っ越したアパートの玄関口で最初に出会ってしまった!
ゴキブリ!” 「ウ!うわぁ!!」声にならない恐怖で金縛り!
そ・そうだ…ここは南国、虫天国だった〜!来・来るんじゃなかった(この世で一番怖い!)仙台にも奴らはいた。ここのよりは小さい…でも真っ黒で、それはそれで気持ち悪かったし怖かった。
しかしここのはキングサイズ!しかも飛ぶし、噛むし、怖さと気味悪さは比較にならない!
時は4月、物凄く暑かったので短パンで寝てたのですね。そしたら夜中に太ももをガブリ!やられて目が覚めたら、奴が「サカサカ…」逃げていくではありませんか「ギャーッ!!」  また何日かしてやはり夜中のこと、肩の所にモゾモゾ触るものがあるので寝ぼけながら、あろうことかヒョイと掴んで、その途端目が覚めた…なんと!自分の手の中にキングゴキブリの姿を発見してしまった〜!!(その時の叫び声? ご想像にお任せします)え!シッポ巻いてヤマトへ逃げ帰った?チッチッチッ…ワタシを誰と思っているのですか?
来たばかりというのにそこの自治会を動かして、業者いれて団地ぐるみのゴキブリ壊滅作戦を展開しましたよ。
復帰前のアパートってダスターシュート付きで、生ごみを始め、あらゆる家庭ごみを各階から直接ポイポイ落としちゃうスタイル(今なら考えられない)そこに、恐らく初めて薬剤が撒かれて何と!佃煮にするほどのゴキブリの山を目の前にした団地の皆さん…我もワレもと駆除をする家庭が殺到して大成功!
でもその後我が家は引っ越したのであの団地、今はどうしてるかな…。
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